「ここは、“大衆音楽のゴミ箱”です」。ギシギシ鳴る床の上のダンボールにレコード。天井まで届く棚にレコード。壁にレコード。視界のどこかにレコード。目の焦点をどこにあわせたらいいかわからないほどにレコード。その中には、ジミ・ヘンドリックスのサイン入りレコードから、キース・リチャーズのブルース・コレクション、腹話術師や催眠術師の音源まで、300万枚、2,200万曲がここに集まっている。

ミュージシャンや個人コレクターから寄贈されたレコードや楽譜、グッズを保管し、文化人の資料館として重宝された「The ARChive of Contemporary Music」。

35年の集積。5万枚のレコードから、300万以上のアーカイブへ

開館以来、おそらく一番忙しい1週間に訪ねてしまった。ニューヨーク(以下NY)の南、トライベッカ地区の裏通りにある「The ARChive of Contemporary Music(以下、ARC)」。世界最大級の貴重なレコードコレクションや音源、希少アイテムを所蔵するアーカイブセンターだ。

土地の高騰から家賃を払えず、数日後には35年間にいったん幕を引く。取材日は引っ越し準備の真っ只中だった。机に整列するEP盤の箱、整頓用のカラーテープの束、脚立、ダンボール箱にかろうじてしがみつく付箋、行き場を失ったマイコー(マイケル・ジャクソン)の視線が、一抹の哀しさを誘う。

アーカイブに埋もれるようにして、後ろからひょこっと「オハヨウゴザイマス。ワタシハ、ボブ・ジョージ、デス」。なぜか片言の日本語。ARCの共同創立者で館長のBob George(ボブ・ジョージ/以下ジョージ)だ。「いつもは綺麗な古着のシャツなんですけど、ごめんね、今日はこんな仕事着で」。日本にも「東宝の“怪獣”に関するレコード(ゴジラやモスラ)」の買い付けによく足を運んでいたらしく、贔屓のレコード屋は新宿のDISK HEAVEN東京店だそう。

館長のBob George。
「私は、家には1枚もレコードありません。ここからいつでも借りられますからね。ははは」
What analogue means to you?(あなたにとって、アナログとは?)

“アナログ盤は、赤ちゃんくらいのサイズでしょう。愛おしくなる。CDを触って愛おしくなることはないでしょう。飲み物を置くコースターにしちゃうくらいなんだから(笑)。CDの方がいい音をしているというプロミュージシャンも沢山いる。でも、ピアノやホーンの音は、CDではよく聴こえない。ジャケットのグラフィックも良いし、より豊かで刺激的なサウンド。45回転のレコードを大音量でかけるのが好きだね。”

“Analogue records are the size of babies. You can love them. You can’t love CDs, right? Just like a coaster you put your drink on. A lot of professionals will say “No, CDs are great,” but still very hard to get something like pianos or horns to sound good on CD. Graphics are great. The sound, it’ll be richer, it’ll be better, and it’ll be more exciting. I really prefer 45 really loud and you can move around the room. ”

ARCは、1985年にジョージが創立した非営利団体。所蔵は自前の5万枚のレコードにはじまる。70年代には自身が創立したインディーレーベルから、NYの前衛アーティスト、ローリー・アンダーソンのヒット曲『O Superman』をリリースしたり、英BBCラジオの名物DJジョン・ピールの番組でもDJを務めたり、と根っからの音楽業界人。ARCの存在が業界内で自然に知られていくと、音源の保存に協力したいと名乗り出るアーティストが続々と出現する。

デヴィッド・ボウイやルー・リード、ポール・サイモン、ナイル・ロジャース等NYゆかりのアーティストやマーティン・スコセッシ、ジョナサン・デミらベテラン映画監督が、コレクションの寄贈や資金援助に携わる。

サイン入りレア盤からバッタもんまで「すべて、もらっておきます」

「今朝も届きました」。ARCには、毎日どこかしらから音楽にまつわるアイテムが郵送されてくる。「夜中、目の前の通りや階段に置いていく人もいます。ひょっとしたら盗まれていることもあるでしょうね(笑)」。ミュージシャンだけでなく、一般の人からも寄贈を受け付けている。保存しておく基準はあるのか?「ないです。全て、もらっておきます。ARCがこんなにも膨大なコレクションを所蔵しているのは、それが理由です」。

全てもらっておくと、こんなこともある。「ある日、600、700枚のレコードが送られてきました。カントリー&ウェスタンのよくあるようなレコード。心踊らず、なんて思っていたらポップスのレコードが3、4枚紛れていました。その1枚がこれ。ザ・ビーチ・ボーイズのメンバー全員のサイン入りレコードです。完璧なるアクシデント。お宝は埋もれているんですよ。なので、“いりません”と言ったことは今日までないです」

デヴィッド・ボウイがラメでデコレーションした『ハンキー・ドリー』のアルバムジャケット。

ミュージシャンのサインが入っていると、レコードの価値がいっきに上がる。ARCには、ボブ・ディラン、ルー・リード、ジミ・ヘンドリックス、リンダ・ロンシュタット、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ジャム、ザ・ポリス、アイス-T、ビースティ・ボーイズ等のサイン入りレコードが。ロバート・デ・ニーロがサインした映画『タクシードライバー』や、ジョン・トラボルタの映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のサントラレコードもある。「もう少しで、3ドルで売るところでした」というのは、初期ロックンロールの名手ジェリー・リー・ルイスのサイン入りレコード。

壁には、ジャズの名門Vogue Labelのオリジナル盤や、エルヴィス・プレスリーの親元Sun Recordのサイン入りLPも掲げられている。「ARCの一番の貢献人は、キース・リチャーズ。20年以上にわたって、自身のブルースレコードのコレクションを寄贈してくれたり、資金も提供してくれました」。そのおかげで、ブルースの伝説、ロバート・ジョンソンのレア盤が手に入った。台湾のポップパンクレコードに、ナイジェリア出身の黒人解放運動家Fela Kutiの希少レコード等、世界のポップスは3,000種にわたる。

正統派レコードコレクションだけでなく、少々アクの強いアイテムも揃う。KKK(白人至上主義団体)のレコードや、世界各国のザ・ビートルズのバッタもん、カート・ラッセルやジョー・ペシ等の俳優や、スティーヴン・キングら作家たちのバンドの音源。それから、マイケル・ジャクソンの体臭を再現した消臭剤。その昔、アーティストや新曲のプロモーションのためにメディア関係者に配られたプレスキット(アーティストの説明書、写真、プロジェクター用の35mmスライド)や、レコード会社やバンドがタダでばらまくグッズ(スワッグ)も保管している。

映画の1シーンに本棚の1冊。ARCが形成した文化の1片

コレクターズアイテムから謎アイテムまでを管理・保管するARCは、「文化人たちの資料館」でもある。ARCは、映画監督や作家、研究者たちの作品制作に必要な“音”と“正確な情報”を提供してきた。

例えば、台湾出身のアカデミー賞監督アン・リーの作品『ウッドストックがやってくる!』の制作。伝説の野外フェス<ウッドストック・フェスティバル>の舞台裏の実話をもとにしたコメディ映画だが、音楽監督が、劇中で使用する楽曲を探すのにARCの助けを求めた。探していたのは、<ウッドストック・フェスティバル>出演者にもあまり知られていないシンガー、Bert Sommerの音源。「私たちARCのスタッフも、Bert Sommerという名前を聞いたことがありませんでした。でもアーカイブを探ってみたら、彼のレコードを5枚見つけたんです」。

NYのアウトローを描いたらピカイチの監督、マーティン・スコセッシの映画にも、ARCの功績が光る。NYのマフィア界をのぼりつめた実在のギャングが主人公の映画『グッドフェローズ』で使用されたイタリアン・ポップスの楽曲は、ARCのコレクションにあったもの。ドキュメンタリー映画で有名な監督ケン・バーンズの『野球』で使用する楽曲や、NY出身の映画監督ジョナサン・デミが探していた英国初期パンクのレコードを探し当てたこともある。

作家やジャーナリスト、評論家も、ARCの存在を有り難がった。「自身の執筆している書籍や雑誌、記事の事実確認をするために、アーカイブの資料を参照していたんです。Greil Marcus(著名なロック評論家)もよく来ました」。ARCの助けなしには出版できなかった書籍もあった。アート関連本を扱う出版社「TASCHEN」が8年かけて制作していたレコードのジャケットデザインに関する1冊。見つけられずにいた300のジャケットデザインのうち、220はARC提供のものだ。

レコード会社も駆け込んでくる。「Sonyや、Nonesuch Records、Mute Records等のレーベルが“マスターテープが見つからない”と。紛失や盗難で、全ての曲のオリジナル音源が手元にないレーベルもあるんです。アーティスト自身も、自分のレコード全てを持っていないこともあります」。NYの“ディスコミュージックの帝王”、ナイル・ロジャースもその1人。「彼の手元にない自作品を、ARCで探してあげました」。また、ブルックリンでのチャリティライブに出演したマドンナが、他アーティストの曲をカバーする際、その歌詞を探したこともあった。「当時はオンライン上に歌詞情報はありませんでしたから」

“D”までしかデータベースにない。断片的な記憶を総動員して、探しだす。

ミュージシャンから評論家、映像監督まで、さまざまな文化人の制作に力を添えてきた。「難しいリクエストしかこないですよ」。それでも、「彼らが“このレコード、ARCにありますか?”と電話をしてくると、私たちは必ず“Yes(はい)”と言う。あるかどうか、確認はしません。その後で、棚に行き、探してみます」。

300万枚から1枚を見つける凄まじいハンティング力。ARCの収納方法は2つ。アーティスト名のアルファベット順、そして年代順。しかし「どちらも、あんまりうまく機能していません」。所蔵している全てのCDの情報は、インターンやボランティアを含むスタッフ総出で、ウェブサイト上のデータベースに入力したが、レコードは「(Aから)Dまで。私達は小さな団体です。コロンビア大学の図書館は600万の所蔵数に対してスタッフが400人いる。ARCは300万の所蔵数に対して、3人しかいませんから」。

文字通り手探りで探しても、見つけられない音源はある。「探して無かったら、見つけにいくんです。知り合いに片っ端から電話をして。探しものがあって困っている時、誰だって“No”とは聞きたくないでしょう?」

時にアーティスト名も曲名もわからない場合がある。先述のマーティン・スコセッシ映画制作の話だ。イタリアのポップ歌手Betty Curtisが歌った“愛のシャリオ”をつきとめるため、「この曲のメロディをハミングしながら、リトルイタリー地区を歩いたんです。そうしたら、床屋が“知っているぞ”と」。アーティスト名と曲名が判明して、アーカイブで音源を見つけることができた。「みんなの断片的な記憶を総動員して、探しだすのです」

ARCが、文化に35年貢献してきたことは何か?「いや、全くですよ。何なんでしょうね、わかりません」と、ちょっと困惑したような笑い。「少しずつ、皆が物を提供してくれて、皆がそれを見て、感性を刺激される。私達だけでなし得たことではありませんが、小さな一部だったんでしょう」

35年の無数の手垢と埃は、次世代へ

300万枚分の重みで構えてきたARCだが、NYの家賃高騰には耐えられず、300万枚の行き先は、NY北部と、ロサンゼルスの2ヶ所に分散される予定だ。これまで、ARCは一般公開はされていなかった。「盗難や破損を恐れていたので。でも、これから大きな場所に移転し、運営資金も増やしてスタッフも増員できたら、一般公開されるかもしれません。ARCの次世代ですね」
 
デジタルという形だけで音源を保存することへの危惧も口にする。「その曲の著作権や契約が失われれば、オンラインから曲は消えてしまいます。Appleだっていつか倒産するかもしれません。デジタルだけで音を保管するのは、大変危険なこと。アナログでもデジタルでも両方保管しなければいけない。音楽を扱う会社だって、永久にあるわけではないので。ビジネスは刹那、(ARCのような)文化施設は永久ですから」

The ARChive of Contemporary Music 

HP

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“O Superman” by ローリー・アンダーソン

ローリー・アンダーソンのヒット曲“O Superman(オー、スーパーマン)”。「なんてったって、ぼくが創立したレーベル『One Ten Records(ワン・テン・レコーズ)』からリリースしたからね」

Photos by Kuo-Heng Huang
Text by Risa Akita(HEAPS)
Content Direction & Edit : HEAPS