約半世紀に渡り“良質な音への追求”を続け、様々なオーディオ製品を開発してきたオーディオテクニカ(以下、AT)。

ここでは、世界の音楽制作の現場でATの製品がどのように使われているのか、また世界トップクラスのサウンドエンジニアたちがどのような視点で音を創っているのかを紹介していきます。

すでに耳にしたことのある音楽も、その音作りの背景を知ることでいま一度、聴くことへの楽しみにつながるのではないでしょうか。

エンジニア&ミキサー:ロバート・カランザ
プロデューサー:J.P.プルニエ
ボーカル&ギター:ジャック・ジョンソン
ドラム:アダム・トポル
ベース:メルロ・ポドゥルフスキ
ピアノ&クラビネット&バックボーカル:ザック・ジル
クラップ&コーラス:ダニー・ライリー、J.P.プルニエ、
エメット・マロイ、ジョシュ・アロヨ

失った恋を、ほろ苦い 内省で綴ったジャック・ジョンソン(以下ジョンソン)の不屈の名曲、“If I Had Eyes”。もしも僕に目があったなら——ジョンソンの当時3歳の息子が放った、ある言葉と振る舞いがインスピレーションの底にある。それは「僕の尻尾の端っこに、目玉があったらな」という冗談で、まるで長い尻尾があるかのように振る舞ってこう言った。「お父さんのことがちゃんと見えるよ、いいお顔してるね」。

息子の想像力に惹きつけられて、その会話を歌詞に曲を書き始める。無邪気な子どもの振る舞いと言葉を、「一つの恋が終わったときの内省」へと比喩的な表現に落とし込んだ。

同曲は、ジョンソンの4枚目のアルバム『Sleep Through The Static』からのファーストシングルとして、2008年2月のアルバムリリースに先立ち2007年末にシングルとして発表された。肩の力が抜けたグルーヴ感とぴりぴりとしたほろ苦さのある歌詞があいまって、ジョンソンのファンのあいだで不朽の名曲となる。

ジョンソンの音楽そのものを、そしてアーティストとしての雰囲気を表現するときによく使われる言葉に、「Organic(オーガニック、有機的な)」がある。そしてこの言葉は、“If I Had Eyes”の制限と不自由のなかで行われたレコーディングやアレンジメントのプロセスをも如実に表している。

エンジニア/ミキサーのロバート・カランザ(マリリン・マンソンやピート・ヨーン、トレイシー・ボーナム、ロス・ロボス等ほか多数アーティストの作品を手掛ける/以下カランザ)は、いつものプロセスが悉く通じなかったレコーディングのはじまりを思い返す。

「ジャックは、このアルバムを(アナログ)テープに録音したがったんだ。彼にとって、やったことがない初の試みだった。リッチなサウンドを引き出せるかもしれない、と興奮気味で、僕たちはStuder社のテープレコーダーを入手してレコーディングに取り掛かった。事前に僕はジャックにあることを再度確認した。
“この方法だと、トラック数が限られるけど、いいのか”
レコーディングスタジオでは、アイデアがどんどん広がっていき、トラック数が足りない!なんてことは、よくある。だけどジャックは、“24トラックもあれば大丈夫だ”と。そうとなれば、どの(サウンド)要素を取り除くか等、レコーディングのその場で、リアルタイムで、臨機応変に曲作りをスタートしなければいけない。ジャックはこのプロセスに抵抗や苛立ちを感じるのではなく、むしろ刺激を受けたみたいだった。直感に反するというか、制限があるという状態が、作品を一つにまとめあげたんだろうね」

カランザのドラムミックスも、この録音プロセスのなかで大いに淘汰されていくことになる。

「当初は、非常に標準的なマルチトラック仕様で、ドラムキットの各所にマイクを接続していた。しかし、レコーディングが進むにつれ、数トラックを省かなくてはいけなくなった。確か、個々のスネアドラムとすべてのバスドラムのマイクを取り除き、ハイハットのマイクとオーバーヘッドだけを残したんだ」
「そんななか、サウンドの肝となったのは、ドラムキットの前に設置したATのAT4050。これが、モータウンのような、室内に響くモノラルなサウンドを実現するんだ。ドラムのトラックを必要な要素だけに絞っていったとき、このAT4050がとらえたトラックが、リズムの基礎となることに気づいたんだ。そこに他の要素を加えていくと、だんだんとしっかりしたものになっていった。うれしいハプニングだと言うこともできるが、これらの制限のなかで制作するにはコツがあるともいえる。ジャックはこのプロセスがどんなに楽しいことかを知らなかったみたいだ。それまで彼は、数十のトラックをコンピューターにざざっと取り込んで、そこから編集やミキシングをするのに慣れていたんだ。“If I Had Eyes”のレコーディングでは、サウンドに全神経を集中して、そこからすべてを築き上げた。僕らにとって、素晴らしいレコーディングになったよ」
AT4050

カランザのATへの愛は深い。アコースティックギターやボーカル、パーカッション等、あらゆる音をモノラル録音する際に、このAT4050を多用している。それ以前は、友人が勧めてくれたというAT4033/CL カーディオイド・コンデンサー・マイクを愛用。オゾマトリの曲のパーカッショントラックにも使用している。あるレコーディングをこう思い返した。

「コンガ(両手で打つ縦長の太鼓)の打音を拾い、なおかつタンバリンのきらめきをも捉えられるマイクを探していた。AT4033/CLは、ダイナミックマイクの音圧にも耐えることができ、コンデンサーマイクにもなる。そんなこんなでATの製品に夢中になり、AT4050の存在を知ったんだ。使う前からすっかり気に入ってしまってね。今じゃ、AT4050ばかり使っているよ」

マイクについて語るときのカランザは、スピリチュアルの領域に達するような、崇高な気持ちを込める。

「マイクはまるでレンズのようなんだ。サウンド以上のものを捉える。マイクを通じて出力される、“物理的な財産”とでもいったらいいのか。アーティストの存在が電荷となって、ワイヤーの端々へと送り込まれる、まさに物理的なもの。
ジャックのいとこでミュージシャンのダニー・ライリーがセッションに来たことがある。その頃、彼がどれだけ身体の調子が悪かったのか気づかなかったのだが、彼は、末期がんを患っており、歌う気力すらあるかどうか自分でもわからないという状態だった。しかしAT4050を箱から出してすぐにセットアップすると、彼はコーラスを歌い始めたんだ。レコーディングが終わってまもなくして亡くなってしまったのだが、彼へのトリビュートとして、使用したマイクを箱に収め、箱に彼の名前を書いて、大切に保管している。彼の存在、そして曲への美しい貢献の記憶としてね」

そんなカランザは、AT4050でまた一つの制限から目覚めた音作りで仕上がった“If I Had Eyes”を、シンプルさと全体的な雰囲気をリスナーに楽しんでもらいたいと願っている。

「曲を書いてプロデュースしレコーディングをしていると、最後にはリスナーのことを考えないことがあったりするだろう。でも僕はそうはならない。できるだけのことをやりきれば、うそ偽りのないものが自然と生成してくれると信じている。この曲とアルバム全体からとても特別なものを捉えることができたと思うし、ファンの反応も上々だ。この制作全てが祝福されていると感じるよ」