約半世紀に渡り“良質な音への追求”を続け、様々なオーディオ製品を開発してきたオーディオテクニカ。

ここでは、世界の音楽制作の現場でオーディオテクニカの製品がどのように使われているのか、また世界トップクラスのサウンドエンジニアたちがどのような視点で音を創っているのかを紹介していきます。

すでに耳にしたことのある音楽も、その音作りの背景を知ることでいま一度、聴くことへの楽しみにつながるのではないでしょうか。

レコーディングエンジニア・プロデューサー:Russell Elevado
プロデューサー:D’Angelo
作曲者:Pino Palladino、Questlove、Michael Archer
作詞:D’Angelo、Kendra Foster
ドラム:Qestlove
ベース:Pino Palladino
ギター:Isaiah Sharkey
ギター、ローズピアノ、ヴォーカル:D’Angelo

D’Angelo|楽曲“Till It’s Done(Tutu)”より
レコーディングエンジニア・プロデューサー、Russell Elevadoが語る当時の制作エピソード

2000年代のR&B、ブラック・ミュージック史において最重要人物といえるアーティストD’Angelo。彼はセカンド・アルバムをリリースして以降、地位と名声を築きつつも活動を休止した。その14年の空白の時を経てリリースされたのがサード・アルバム『Black Messiah』だ。このアルバムは当時のD’Angelo自身による「今」を表現し、また、ストリーミングが主流となった時代に対してD’Angeloのアンサーともいえる、非常にインパクトのある作品であった。

なかでも、このアルバムに収録された楽曲“Till It’s Done (Tutu)”は環境汚染や気候変動、戦争や不正などの地球規模の問題に焦点を当てた曲だった。D’Angeloは、このような社会が目をむけるべき問題への問いかけ、そして個々がもつ価値観や目標に向かっていくときに直面する心の葛藤について書いている。

この“Till It’s Done (Tutu)”をはじめ、サード・アルバムの完成に多大なる貢献をしたレコーディングエンジニア・プロデューサーがいる。彼の名前はRussell Elevado(以下、Elevado)。Elevadoはグラミー賞受賞歴を持ち、Common、Erykah Badu、Alicia KeysやThe Roots、Al Greenなど様々なアーティストを手がけてきた。

彼はアルバムについてこう話す。

「『Black Messiah』は2001年頃からすでに構想があった。その頃から僕も関わっていたから、アルバム全体を通して語るなら14年分もの話がある、そりゃもうロングストーリーになるさ! “Till It’s Done(Tutu)”は、他の収録曲の“Another Life”や“The Charade”と並んで最後の方に加えられた曲目の1つ。この曲はアルバム録音期間の終盤に、ニューヨークのMSRスタジオでのジャムセッションから生まれた。それはたった3時間ほどの出来事だったんだ」

D’Angeloはファースト・アルバムからずっと一緒に組んでいるドラマーのQuestloveや、ベーシストのPino Palladinoと収録の合間にジャムセッションをしていた。その過程で曲の構成が徐々に姿を現したという。

「“Till It’s Done(Tutu)”を聴いた時、今までとは違う新たな視点で音をミキシングできる確信があった。ヒップホップとサイケデリック・ロックを融合したようなサウンドを思い描いていたんだ。頭の中にあったのはPink FloydとLed Zeppelinが、A Tribe Called QuestやJ Dillaと融合した音だった。ドラムをミキシングしている時には間違いなくJohn Bonham(レッド・ツェッペリンのドラマー)を意識していたね。全体の印象としての狙いは、空間がいっぱいに広がるような大きな音だった」

古典的なトリックに新たな機材を取り入れる試み
アナログの音の魅力とそこに生きる価値

Elevadoはギターのサウンド作りに昔からあるトリックを使った。それはギターの音を“レスリーキャビネット(音に広がりを与えるスピーカー/以下、レスリー)”に通し、キャビネット自体を囲むように複数本のステレオマイクで録音することだった。“レスリー”は通常、ハモンドオルガンとのペアで、ギターやヴォーカルのエフェクトに使用されることが多かった。特に60年代以降、The Beatlesをはじめ多くのアーティストたちが使ってきた手法だ。これをElevadoはD’Angeloのアルバム制作に使ってみたという。

「ギターを担当したIsaiah Sharkeyが、Curtis Mayfieldを彷彿させるリフを弾いていたんだ。そこへレスリーのエフェクトを加えればより奥行きが出て、神秘的な音になると思ったんだ。このアルバムの制作ではレスリーをたくさん使っている。D’Angeloのヴォーカルに使っている箇所もいくつかある。古い手法だけど、別次元の空間を加えることができて、聴く人をあの時代へタイムスリップした感覚にさせられるんだ」

さらにElevadoは、今までのステレオマイクを単に使うだけでなく新しい機材を試してみた。それがオーディオテクニカのステレオ・コンデンサーマイク“AT4050ST”だった。

AT4050ST
「あのマイクは、録音期間の終盤あたりに出会ったんだ。以前から持っていたら、絶対もっと使っていたと思う。やろうと思っていた手法にはぴったりのマイクだった。本当にいいステレオのイメージを捉えることができるマイクなんだ。ミッドサイド(MS)モードの他に、LRワイド、LRナローと2種類のステレオモードに切り替えができるんだ。しかもデザインもかっこいいし、スタジオエンジニアの良き相棒さ。ホーンの主軸あたりに向けて、レスリーからだいたい8インチ(約20センチ)くらい離してセットしたのを覚えているよ」

Elevadoは14年間もかけて作ったこのアルバムの終盤戦は、意外にも時間に追われる結果になったと語る。

「元々は2015年の1月にリリースする予定だったけど、アメリカでは警察による暴行事件が多発していて、その年(2014年)に警察官が非武装の市民2人を殺傷する事件があったんだ。この問題に対して、作品のメッセージと関連性がすごく高いと思ってリリースを3週間くらい早めた。その報告を受けたのは、僕がレコードをカットしにMasterdisk社に向かう途中だった。だからいきなりゴールまで大慌て。でも作品を完成させてしまうための良いモチベーションにもなったよ」

Elevadoのサウンドには、ヴィンテージのアナログ感が宿っている。レコーディングには好んでアナログテープを使い、音の処理にもデジタルのプラグインは一切使用しない。デジタルレコーディング全盛時代の今においては際立った存在だ。

最後にElevadoはリスナーに向けての想いを語った。

「アナログを廃れさせないで。そしてこのアルバムをレコードで聴いてみてほしい。なるべくいい機材で、大音量にして。ゆっくり回転するレコードと共にリラックスしてアナログの音を楽しんでもらいたい。それが無理なら、レコードの次に良い96k(HD)フォーマットがおすすめ。もしそれも無理だったらせめてCDか、CDからパソコンに落とした音で聴いてほしい。mp3だとこのアルバムは、いや、どんなアルバムでもそうだけど本当に勿体無いんだよね。自分への投資のつもりでターンテーブルとレコードで音を楽しんでみて!」

引用元:liner notes – Till It’s Done(Tutu)

D’Angelo and The Vanguard – Till It’s Done (Tutu) (Audio)