『Always Listening』がお届けするインタビューシリーズ。「超越」をテーマとして、このキーワードに紐づく人物にフォーカス。創造、表現、探求、感性、そして、なにかに没頭したからこそ感じることができる超越的体験について語っていただく。

第5回目に登場するのは、ハリウッドを舞台に活躍するVFX(ビジュアルエフェクツ)アーティストの上原勇樹氏。マーベル映画の代表作品やビヨンセ、レディー・ガガといった大物アーティストのミュージックビデオ(以下、MV)でのVFXを手がける。VFXという世界に飛び込んだ経緯や本場ハリウッドでVFXアーティストとして活躍するために重ねてきた努力や成功体験について伺った。

VFXアーティストとしてハリウッド作品を手掛けるまで

━━まずはじめにVFXアーティストについて。VFXとはどういった演出表現でしょうか?

VFXとは視覚効果のことですね。撮影された画像を加工し、制作者の想像した世界を作り出す技術のことを言います。VFXにもいろいろな種類があります。その中のひとつとして、映画のメイキングで見たことがある人も多いと思いますが、工程としてはまず映画俳優やキャラクターの背景にグリーンやブルースクリーンをおいて撮影を行い、その後VFXアーティストが別の背景に入れ替え、映画のストーリーの世界観を完成させていきます。また背景にコンピューターグラフィックス=CGを映像に取り入れることは、最近では当たり前のことになってきました。

━━アメリカ留学をした上原さん、専攻は音楽科だったとか?いつからVFXアーティストを志すようになったのでしょうか?

小さい頃からピアノを習っていたこともあり、洋楽等幅広いジャンルの音楽に興味を持つようになりました。当初は2年制大学を卒業して音楽関係のインターンや仕事を探していましたが、厳しい世界でなかなか見つからず……。音楽業界で自分がどうしていくのかを決めかねて、今度は音楽科でなく、美術科に進もうと決め4年制の大学に編入しました。ここで学んだことで、自分はCGや映像関係に興味があることに気が付いたんです。美術科へシフトしたことが、現在の自分のキャリアへのターニングポイントだったと思います。

━━上原さんがVFXアーティストを目指す上で影響を受けた作品・人物は何でしょうか?

『ターミネーター』(1984)や『ジュラシック・パーク』(1993)は日本にいた頃から観ていて、ものすごい衝撃を受けた映画でした。映画の中にある現実ではない世界に自分がリアルにいるような感覚に引き込まれたのを覚えています。『トイ・ストーリー』(1996)や『ファイナルファンタジー』(1987)といったフルCG映画も大好きで、美術科のクラスに入った後、改めてこれらの大作の凄さに気付きました。大勢の人の努力がひとつの映画を作っているんだと感銘を受けたと同時に、いずれ自分もこの世界で働きたいという思いが強くなっていきましたね。

マーベル作品を手掛けるスタジオ、チームメイトに恵まれた現場で得た経験

━━現在上原さんは、ロサンゼルスのスタジオ『Lola Visual Effects』に所属されていますが、このスタジオはVFX専門ですか?

僕が所属するスタジオ『Lola Visual Effects』では幅広いスキルを持ったアーティストが、映画やテレビ番組等のプロジェクトを中心に携わっています。例えば、2D専門のアーティストは、業界で言うコンポジターという職種で、撮影後の映像を修正したり色の調整やCG、エフェクト等の素材を合成・加工していきます。3Dアーティストは主に、合成作業において必要なCG等の要素(エレメント)を作る担当をします。

━━VFXアーティストとして初めて手掛けた作品は何でしょうか?

僕がチームのメインメンバーとして初めて本格的に手掛けた作品は『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011)でした。所属するスタジオ自体も、マーベル作品を手掛けるのは初めてで、試行錯誤しながら進めていくことがたくさんありました。難易度の高い依頼も多く、実行不可能なのではないかと思われたシーンもあったり。そんないくつもの困難を乗り越えることができたのは、チームワークのおかげだと思っています。皆で苦闘しながらも、知恵を出し合い、お互いを助け合いながらプロジェクトを成し遂げ、素晴らしい作品を作ることが出来ました。

━━上原さんご自身、そしてスタジオでも初のマーベル作品。実際、完成した時はどうでしたか?

映画の完成後、自分の担当したシーンを観た時と最後のエンドロールにチームの一員として自分の名前が載っていたのを見た時は感動しましたね……!この達成感が自分を成長させてくれましたし、次のプロジェクトへのやる気にも繋がりました。

━━初期の達成感を経て、その後はどのような作品を担当されましたか?

マーベルの『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011)、『アベンジャーズ』(2012) 、『キャプテン・マーベル』(2019)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)や、『ワイルド・スピード』(2001)、『ハンガー・ゲーム』(2012)、『グレイテスト・ショーマン』(2017)ですね。

映画以外では、以前勤めていた『Skulley FX』という会社でビヨンセの“Run the World”、レディ・ガガの“Bad Romance”、 ブリトニー・スピアーズの“Work Bitch”や、リアーナの“Diamonds”のMVにも携わりました。

最前線で生き抜く、名シーンを生みだす努力とこだわり

━━上原さんが手掛けたキャラクター(人物)は実際にVFXでどのように表現されたのでしょうか?

所属スタジオは、「エイジング(老化させる)」と「ディエイジング(若返らせる)」技術が特出していることで有名です。「エイジング」と「ディエイジング」とは、ストーリー内の登場人物の年齢に合わせて人物像の役者をデジタル加工することです。

この技術を使った代表的な作品が『キャプテン・マーベル』(2019)ですね。ニック・フューリー役を演じたサミュエル・L・ジャクソンを映画のストーリーに合わせ30歳も若返らせました。逆に『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)では、キャプテン・アメリカを老化させたのも代表的な例になります。

「エイジング」と「ディエイジング」はどちらも難易度が高い作業で、俳優の肌の状態によっても難易度が変わっていきます。細かく時間のかかる作業ですが、ひとつひとつ素材を組み合わせていき、最終的に自分の描いてたものが完成した時はかなりの達成感を得ますね。

━━作品のなかでも1番想い入れのあるシーンまたは、キャラクターはありますか?

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015)に登場するヴィジョンというキャラクターです。このキャラクターは、デザインの初期段階から人間でもなくロボットでもない中間的でハイブリッドな役どころの設定で、それをどういう風に表現するかがすごく重要なポイントでした。撮影時のメイクアップを下地に、3Dチームによって作成されたCGをうまく融合させるのがとても難しく、連日夜中までボリュームのある作業をして完成させました。今まで経験のない新しい技術を取り入れ大変でしたが、有意義なプロジェクトでした。

━━作品に携わる上で、特にこだわっているところは何でしょうか?

自分のこだわりとしては、やはりシーンをどれだけ自然に見せるかですね。例えばエイジング技術では、登場人物の年齢を30歳老化させた場合、皮膚の表面やシワの違和感を無くすことがすごく大事です。この作業をチームメイトと共に行うのですが、他のメンバーが手掛けたシーンとルックがバラバラにならないよう統一感を保ちながら作業していく必要があるので、個々の技術力とチームワークがとても重要なんです。

マーベル作品『アベンジャーズ』を手がける日本人VFXアーティスト上原勇樹。最前線の現場、作品にかける想い
2019年、『Lola Visual Effects』にて

━━ハリウッドの世界で感じた、上原さんの“超越的体験”とは何でしょうか?

今年の1月20日に、<2020 VES Awards(Visual Effects Society Awards)>の授賞式が開催され、会社からチームの1人としてノミネートされ、参加させて頂きました。この授賞式はVFX業界で名の知れた有名なディレクターやプロデューサー、数々の素晴らしいアーティストが表彰されるイベントです。会場には、巨匠スティーヴン・スピルバーグやJ・J・エイブラムス、ジョン・ファヴローや、著名なディレクター、プロデューサー等豪華な面々も来ていて、憧れていた彼らに直接会うことができ、とても光栄に思いました。

残念ながら今回私たちはアワードで受賞することは叶いませんでしたが、その代わりに他の素晴らしいアーティストや彼らの作品の功績を目の当たりにし、個人的にもモチベーションに繋がる刺激をたくさん得ることが出来ました。こういう仕事に就いていなければ経験ができない世界だと感じています。

この授賞式を境に、自分がまた新たなフェーズへ突入できると確信できました。ターニングポイントとして、自分の中の何かを“超越”した瞬間でしたね。

マーベル作品『アベンジャーズ』を手がける日本人VFXアーティスト上原勇樹。最前線の現場、作品にかける想い

━━VFXアーティストをやっていてよかったと思える時はどんな時ですか?

自分の手掛けた映画、MV、テレビシリーズが世界で放映されて、遠く離れている親や親戚、友達に観てもらえるのはやはり嬉しいです。

そして何より、世界で最高峰のVFX技術を誇るアメリカ、しかもエンターテイメント・キャピタルであるここロサンゼルスのVFX業界で大作に携わる一員として仕事ができるということは、自分にとって最高に価値があることです。

テクノロジーの進化と人間の手で生みだす芸術が映画の魅力を惹きだす

━━海外でVFXアーティストとして仕事を続ける中で苦しかったこと。またそれをどのように乗り越えてきたのかを教えていただけますか?

技術面の壁には幾度となくぶつかりました。この業界は日々新しい技術が出てきますし、ソフトウェアは毎年更新されていて、常に学び続けなければいけません。ですので、カンファレンスや技術者へ向け開催されるワークショップ、イベントに参加して知識と技術の幅を広げるように努力しています。

言葉の壁については、働き始めた頃はとても苦労しましたが、これも日々の勉強とコミュニケーションの練習の積み重ねで、現在は同僚ともスムーズに話せるようになりましたね。僕は、職場の同僚に恵まれていて、日々色々な面で助けてもらっています。彼らと普段の日常会話はもちろんですが、ソフトウェアの新しい機能について情報を交換しあい知識を深めています。

マーベル作品『アベンジャーズ』を手がける日本人VFXアーティスト上原勇樹。最前線の現場、作品にかける想い
2019年、『Lola Visual Effects』にて

━━日本人ならではの個性、強みを感じることはありましたか?

“日本人らしさ”ということで言うと、時間のある限り完璧に仕上げるように心がける完璧主義な部分でしょうか。日本人アーティスト全般によくみられる特徴として、作品を完璧に仕上げるプロとしての“心構え”が根付いているような気がします。あと、日本人アーティストはとにかく勤勉ですね。自分もそういう部分が強みかなと思っています。

━━テクノロジーの進化への期待。また、VFXはこれからどのようになっていくと考えていますか?

人工知能=AIですね。AIによってVFX作業の正確さと効率・自動化が期待できるようになり、これからもっとAIを活用したスタジオが増えていくと思います。その例のひとつとして、現在のVFXの多くは撮影後、別のCGの素材と組み合わせて合成・加工するのが一般的ですが、AIによって膨大に取り入れたデータを使って、CG合成されたシーンを撮影の現場で確認することが可能になります。現場でほぼ完璧に近い合成後のシーンを見れることは、監督や役者にとっても大きなアドバンテージに繋がります。

その他にも、Deepfake(ディープフェイク)と言った技術もAIを取り入れており、最近はよくみられるようになりました。こちらは撮影された俳優の顔を別人の顔にすり替えると言う技術で、すり替えた後の顔の表情やライティング、色の再現がとても正確で全く違和感のないレベルになっているんです。AIの登場によりこれから更に面白い効果や演出の幅が広がっていくと思います。

━━上原さんにとってVFXの魅力、そして映画の世界にはどんな力があると考えますか?

現実では不可能な想像の世界を映像にして表現する力だと思います。昔はCGの技術がまだ未熟でSFX(特殊効果)、例えば映画に出てくる仮想キャラクターをミニチュアやスーツ等で製作し、撮影時に照明効果、遠近法や錯視効果等を使用し演出していました。技術が進むにつれてCGや映像の質も上がり、現在ではリアルに描写できるようになりました。ストーリーが壮大になればなるほど膨大なVFX技術が必要になってきますが、その映像の質がリアルであるほど観衆の目を惹きつけることもできます。

VFXの質もそうですが、オンセットでのカメラワーク、特殊効果、色合い、ライティング、そしてストーリー、それらの全てがシンクして美しいシネマトグラフィーとなり、最高の映画を作り上げることができるんだと思います。

━━海外での映画、VFXの世界で挑戦したい次世代に向けて、アドバイスがあればお願いします。

VFX業界では、色んなスキルを持った方がいて。コンポジターや3Dアーティスト、アニメーター、マットペインター、シミュレーター等、本当に様々です。最近はプログラミングやAIを使って作業のパイプラインを構築、効率化を担当する方もチームとして重要な役割を果たします。

ひとつの映画を作り上げるには何千もの人が関わっているので、大舞台で活躍してみたい人は自分がどこで何をしたいのかを具体的に、ある程度明確にしておくのが良いと思います。美術面を重視するのも良いし、美術より得意な理系面を生かしてVFXのチームの一員になることはもちろん夢じゃないと思います。

その業界で必要なスキルアップをすることもやはり大事ですが、世界のどんな場所で自分が挑戦できるのかをイメージし、他国の言語の勉強に加え、そこで生き抜いていく“コミュニケーション力”を身につけることも重要だと思います。

━━最後に、上原さんがこれから挑戦したいこと。夢を教えてください。

今はシニア・アーティストとして幅広いプロジェクトに関わっていますが、将来的にはスーパーバイザーの立場でプロジェクトをリードしたいです。スーパーバイザーはチームを率いてプロジェクトの中心となり、クライアントや各チームメートとのコミュニケーションがより重要になりますし、様々なトラブルに対応する技術力も必要となってきます。より広い知識と強い精神力を備えて、重要な責務を果たせるスーパーバイザーを目指したいですね。

そしていずれは自分の会社を設立したいと思っています。アメリカやLAのみならず、映像関係の仕事であれば日本や他国でも挑戦したいです。そのためには共に活動していけるビジネスパートナーも探していきたいですし、これからも色々なプロジェクトに携わり、人と人との出逢いを大切にしていければと思います。